鮎の骨酒を作ろう!


岩魚がなければ鮎を使えばいいじゃない




春のグルメシリーズ -怪文書編- 


乳頭温泉の幻覚がまだ脳裏をかすめる皐月に訪れた金色の週間。その大団円に、私は謎の儀式を執り行うことに決めた。

明日からまた、奴隷としての歩みが再び始まるという現実が、既にこの儀式の間の空気を鉛のように重く圧し潰していた。

その不可避な重みは、心の隅々にじわりと染み込み、私の思考をもどかしく縛り付ける。

この空間、この一瞬の平和が、まるで砂時計がひっくり返されたかのように、急速に流れ去ろうとしている。

その切迫感が、私の肩を無形の重荷で圧迫し、未来への一歩を踏み出すたびに、心の奥底から湧き上がる小さな抵抗と戦わねばならないのだ。

「ああ、この無常の世界に再び足を踏み入れねばならんのか……」

と私はため息をついた。友人の無法松が空虚な眼差しを私に向けている。

「いったいどうした?貴様の瞳には、深淵が映っている。まるで生きる喜びを忘れた亡霊のようだ。

私は答える。「生きる喜び?ふん、そんなものは、この安息の刻(とき)と共に燃え尽きたさ...」と。




突如、Amazonの奥深くで私を呼ぶ声が聞こえた。

それは、異界からの呼び声だった...





「これは...骨酒のための神秘の徳利ではないか!こんな奇跡のアイテムを見つけたら、私は即座に購入せざるを得ない。」






「これを手にしたら、一体どんな異次元の酒宴が繰り広げられるのだろうか...」

と考えるうち、無法松が「しかし、このハイパーメトロポリス・Tokyo CITYでは、岩魚などという霊魚は手に入らぬが、どうする?」と問いかける。

私は笑みを浮かべながら応える。「岩魚がなくとも、我々には骨酒の秘術がある。松よ、この世界の常識など、今宵は忘れてしまおう。」




私たちは、灯りがちらつく都会の片隅で、鮎を探し出した。

その鮎は、まるで運命に導かれたかのように私たちの前に現れ、神秘的な儀式のための捧げ物となるべく選ばれた。

静かに、しかし確かな手つきで鮎を包み込み、我々はそれを祭壇へと運んだ。

その祭壇は、古の秘儀を行う場所、時間と空間が交錯する聖地である。

鮎をそこに静かに置くことで、この世ならざる力との絆を確かなものとし、神秘的な儀式の始まりを告げるのであった。





我々は、選ばれし者のみが扱うことを許された聖剣を手に、鮎の腹を慎重に割いた。

その刃は光を帯び、鮎の鱗を通り、肉を分ける際にも、まるで二つの世界の間を行き来するかのような神秘的な感覚をもたらす。

内蔵とエラを取り除くこの行為は、単なる準備作業ではなく、古代から伝わる神聖なる儀式の一環である。

それぞれの動作には、この世とあの世の間のバランスを保つ深遠な意味が込められている。

この儀式を通じて、鮎はただの生物から、次なる段階へと進化するための神聖な器へと変貌を遂げるのだ。





オーブンを異界の門と見立てて、180℃で予熱する。


「さあ、儀式の始まりだ。鮎よ、異世界への旅立ちを恐れるな!!





20分後、鮎は異形の姿に変わり果てていた。

しかし、私はその一部始終を記録することを忘れていた。

「やはり、この儀式はこの世のものではない...」と思いつつ、今度は100度でじっくりと鮎を焼き上げることに。





鮎は完全に別次元の存在へと変貌を遂げた。





「見よ、この完成形。これこそが、真の骨酒の素材だ!」と私は声高く叫んだ。





祭壇に鮎を捧げ、祈りの儀式を行う。我々の祈りは鮎を霊界の門扉へと誘う。

その姿は、ただの鮎ではなく、異次元への通行証と化す。

風が鮎の骨と魂を撫で、その肉体から全ての水分を奪い去り、完全なる乾燥へと導く。

この聖なる過程を経て、鮎はこの世の束縛を解き放たれ、骨酒の神秘的な儀式にふさわしい、究極の存在へと変貌を遂げるのである。





そして、遂に骨酒の儀式が完成した。

魔界の銘酒を熱の抱擁に委ね、その液体が微かに震えるのを待つ。やがて温もりを帯びたその酒を、古の秘密を宿す徳利へと静かに滑り込ませると、空気が一変する。

その瞬間、徳利から立ち昇る香りは、かつてこの世を彩った二千もの魂が、時空を超えて集い、互いに語り合う古の詩篇のよう。

それぞれの魂が紡ぐ物語が、微かな蒸気と共に室内を満たし、神秘的な儀式の空間をさらに深遠なものへと変えてゆく。

この香りはただの酒の香りではなく、遠い記憶、失われた時代、そして未知なる世界への誘いなのである。

私は無法松に向かって叫んだ。

「見たか、松よ!これこそが真実の骨酒だ。この世界の理を超えた、究極の快楽を私たちは今宵味わうのだ!」





こうして、乳頭温泉の幻覚に包まれた最終日は、不可解な儀式と共に、一生忘れることのできない奇妙な夜となったのだった。