【ナローゲージの浪漫】和製グースが駆けた最果ての鉄道!根室拓殖鉄道と「銀龍号」がヤバい

2025年12月13日

えー、みなさんどうも! Qの字(@qtd810)です!

いやぁ、いきなりですが、世の中には「マジかよ!?」って顎を外してしまうような、ぶっ飛んだロマンの塊みたいな鉄道が存在するわけですよ。

で。
今回は軽便鉄道の世界から、昭和の最果ての地で生まれた、「異形のヒーロー」をご紹介したい。もうね、写真を見たら腰抜かすレベルです。
その名も、「根室拓殖鉄道」と、そこに所属した車両、伝説の気動車「銀龍号」!!

軽便ファンのアナタは「あーはいはい、ネムタクね。結構いいよね。」と食い気味にニヤついたことでしょう。

まず、この舞台となったのが、我らが日本の最東端、北海道・根室市。
根室拓殖鉄道は、根室から歯舞(はぼまい)まで、約15.5kmを結んでいた私鉄でした。開業は1929年(昭和4年)。

ちなみに、鉄道ファンからは愛を込めて「ネムタク」なんて呼ばれています。

ネムタク… キムタク… ちょ、待てよ!

で。
もちろん、軌間は762mm!
主な輸送は、地域の生活の足、そして昆布などの海産物。最果ての住民のライフラインだったんですね。

が。
経営は厳しかった。ご存知の通り、あそこはブリザードが吹くような極寒の地。さらに道路交通が発達してきちゃったもんだから、1959年(昭和34年)に、その歴史に静かに幕を下ろします。

まぁ、地方私鉄の厳しい現実ってやつですが、この鉄道が残した「伝説」がヤバすぎるんですよ。それが次にご紹介するヤツ!

今回の主役。根室拓殖鉄道にいた「キ1形」のちに「キハ3形」とされる気動車、通称「銀龍号」とは一体どんな車両なのか!?

こちらです。

初見のアナタ、写真を見てびっくり「え、何これは!?!?なんでこんな形になったんだ?」 ってなりますよね。

銀龍号が登場したのは戦後の1949年頃。そう、「資材がねぇ!鉄がねぇ!レーザーディスクはナニモノダ!?」っていう、あの時代です。いや違うか。

Wikipediaによれば、

田井自動車工業製の単端式気動車。4輪で日産180型トラック用「A型」6気筒エンジン搭載。

つまり田井自動車工業というきちんとした車両メーカー製であったのです。

それなのに。

銀龍号は、設計図というより“寄せ集めの意思”によって生み出されたように見えます。

前部はジュラルミン製の運転室、後部は「乗れればいいでしょ」と言わんばかりの簡素な客室。全体を眺めると、最初からこういう形を狙ったとはとても思えない。

むしろ「作っている途中で事情がどんどん変わった結果、こうなった」と考えるほうが自然です。

実際の事情はこうです。

1949年10月、銀龍号は根室拓殖鉄道に就役しました。

Wikipediaによれば、

キ1は、当初は貨物輸送を目的に製造され、キャブオーバー型トラック風の正面2枚窓スタイルで、それなりにまともな形態であった。運転台部分はジュラルミンを使用していたとされ、その銀色のボディから「銀龍」と命名されたという。

とあります。

つまり、最初のキ1の頃の銀龍号は、銀色の車体に赤い帯を巻いた大人しめの姿だったはず。

Geminiに描かせたイメージを見ると、細部はともかく、方向性としてはたぶんこんな感じだったのではないか、という気にはさせられる。

ところが、いざ走らせてみると問題が露呈する。

前後の重量バランスが悪く、脱線を頻発させたのです。このままではまずい、ということで、入線から程なく改造工事が施されます。

内容は比較的シンプルで、運転台前方にシャーシを延長してボンネットを設置し、重いエンジンを前方に移動させるというものでした。

要するに「重いものは前に持ってこよう」という、経験則に基づいた極めて真っ当な判断です。

が。
問題はそれで終わらない。

国鉄根室駅と自社の駅が離れているという立地条件の悪さから、貨物輸送ではトラックに太刀打ちできず、「銀龍号」は1953年、荷台を客室に改造して旅客車化されることになります。形式もキハ3へと改称。

そして、この客室がまた、なかなか「素敵やん」なのです。
木造の切妻構造で、側面両側に1か所ずつ折り戸を備えた、いわばバラック風の造り。
しかも製作は近所の大工に依頼したというのですから、昭和臭い話です。

ちなみに、客室と運転台は完全に分離されており、構造的には別物と言っていいんですが、運転台側の後窓と客室側の前窓が互いに接していたため、意思疎通は一応可能だったらしい。

この「一応」に、ネムタクと昭和の浪漫が詰まっているわけですよ!たまんねぇな!

残念ながら、根室拓殖鉄道の廃止と共に銀龍号も姿を消し、現存していません。

が。
その「異形性」と「背景にあるストーリー」は、廃線から半世紀以上経った今でも、軽便鉄道ファンや模型マニアの間で語り継がれています。

模型化されたり、私のような熱心な軽便ファンによる恰好の「おつまみ」になったりするわけです。

まさに、古の軽便鉄道が持っていたロマンの象徴。こんな「ヤバいもの」が日本に存在したってだけで、もう胸アツですよ!

あなたの街にも、もしかしたらこんな「銀龍号」クラスの激アツ伝説が眠っているかもしれませんよ!? 

じゃ、また次回!

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